社民党

博治から 博治へ ―その2

2017年01月18日

 今日(18日)、午前10時から11時の間、那覇拘置所にて山城博治に接見した。
 健康状態を訊き質したところ、先週の接見時と特段の変化はない、との返事をもらい一安心した。
 とはいえ、去る17日で長期勾留も3か月を超えた。いかな博治でも接見禁止が付され、家族や仲間との面会も許されず、相当にキツイだろうな、と察する。

 私から博治に、12日の津堅島海域における米軍の無通告パラシュート訓練強行、それを受けて16日に私、社民党県連、うるま市議会会派「いぶきの会」で沖縄防衛局長に抗議をおこなったこと、昨日は「安保の見える丘」で嘉手納爆音訴訟原告団と沖縄平和運動センター共催の抗議集会が開かれるとともに、山内徳信元参議院議員らの呼びかけで集められた山城博治の不当長期勾留に抗議し、即時釈放を求める署名約4万筆が那覇地裁宛に提出されたことなどを伝えた。
 博治は、独居房の中で地元2紙を読んでおり、それらを詳細に知っていた。二人で悲憤し、日米両政府による沖縄への基地負担の犠牲強要に闘い続ける意思を確認し合った。

 博治からは、去る15日の沖縄平和運動センターや市民団体らによる那覇地裁前での長期勾留釈放要求と博治への励ましの声は、ハンドマイクを通して独居房まで届いており、大変に勇気を得たこと、仲間の皆さんに「屈せずに頑張る」と照屋さんから伝えてくれ、とのことだった。
 接見終了後、すぐに私から関係者に博治の言葉を伝えた。

 私の接見中に、大田朝章弁護士も加わった。大田弁護士は長年務めた裁判官としての経験から「異常で不当な勾留である。健康を損ねないよう十分に気をつけるように」と話しておられた。

 3人で、博治の長期勾留は辺野古新基地建設反対運動をつぶす目的だ、負けるわけにはいかない、などと確認し合って接見を終えた。
 私が拘置所を出ると、博治の妻・多喜子の姿があったので、接見の一部始終を報告し、その足で上京した。

博治から 博治へ ―その2
沖縄防衛局長への申し入れ=16日午後4時ごろ

博治から 博治へ ―その2
集会にて連帯あいさつ=17日正午すぎ

1月18日

Posted by terukan at 18:51
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