社民党

20年前の9月4日を忘れない

2015年09月04日

 語呂合わせによる暦のうえでの記念日であろう。今日9月4日はヤマトでは「櫛の日」であり、ウチナーでは「古酒(クース)の日」である。

 暦のうえでの語呂合わせによる記念日には「あー、そうか」という程度の関心しか湧かないが、ウチナーとウチナーンチュにとっては、20年前の1995年9月4日は忘れようにも忘れられない「悪夢」と「怒り」の日である。

 1995年9月4日、在沖米海兵隊3人によって小学生の少女が暴行される、という残忍極まりない卑劣な事件が発生した。

 私は、その事件発生直前の7月23日に参議院議員に初当選していた。私の参議院初挑戦の際の公約の第一は、不平等不公平な日米地位協定の全面改正であった。

 ウチナーンチュの尊厳と人権を回復するうえで最大の課題と考え、当時から今日まで国会内外で追及してきた日米地位協定全面改正は20年を経て実現していない。悔しい。

 沖縄では1995年9月4日の「少女暴行事件」いらい日米地位協定の全面改正が叫ばれてきたが、対米従属の歴代政権にその意思は全くなかった。
 沖縄では復帰前も「少女暴行事件」後も米軍人・軍属による性暴力が多発し、日米地位協定の厚い壁によって闇の中に葬り去られてきた。怒り心頭だ。

 奇しくも、明日9月5日、辺野古新基地建設反対の県民大集会が開催される。巨大な辺野古新基地は米海兵隊が戦争で効率的に人を殺すための人的・物的装置である。
 辺野古新基地建設により、20年前の「少女暴行事件」も繰り返されるであろう。

 9月4日、私たちウチナーンチュ(いや全国民か)は不平等不公平な日米地協定の下で、米軍人・軍属らによる性犯罪、性暴力を絶対に許さない、という覚悟を確認する日にしよう。

9月4日 11:00

Posted by terukan at 11:12
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